過去のブログより転記:1.ワイングラス

とあるマンションのリビング。

その男女は、新しい生活を、新しい空間で、始めたばかりだ。


女:「ねえ、みてこれ。どう?
   あの子にしては、あ、失礼。
   すごい気が利いてる。うれしい。」

男:「いいラインだね。良かったね。」


贈り主は、二人の大学時代の同級生、ここにいる女の、女友達。
同い年にしては、あどけない顔立ちで、言葉数は少なかった。

先日(といっても数か月前だが)久しぶりに会った時に、彼女の単身住居でワインを飲んだ。
その時に使っていたグラスは、揃いではなく別のデザインのものだった。


女:「ねえ、憶えてる?あの子。何かあると、すぐ耳まで顔真っ赤になって。かわいかったよねえ。
   この前会った時も、変わりなくて。
   反応が見たくて、つい困りそうなこと訊いちゃうんだよね。」

男:「変わりないのは、お前もだなあ。」


男はグラスを一瞥した後、最近注目し始めた、天文雑誌に目を落したままだ。
顔だけで微笑む。

女は思い出していた。彼女が特に、ここにいる男と話す時、赤面することが多かったことを。
同い年なのに、妹を見ているようでもあったことを。


女はしばらく、ふたつ並んだグラスを眺めた。

男はずっと、知識の慈雨を浴びるのに夢中だった。