フィクションを書く:水流

 カレンはいらついていた。

 恋人のデイビッドが、またギタリストのオーディションに落ちたのだ。

 

 確かに彼は、物心ついた頃からギターを持ち始めたとはいえ、決して上手いとは言えない。しかも練習熱心とは言えないし、楽譜だって真剣に読んではいないことを普段から目の当たりにしている。

 さらに悪いことには、彼はどうお世辞を言おうともハンサムでない。若い時分にはまだ、内側から輝く根拠のない自信が彼を魅力的に演出していたが、腹部が弛みだした今となっては、見る影もない。

 しかも口癖と言えば、「ヘイ、ハニー!人生は楽しむものだぜ!」。

 

 このセリフを聞く度、カレンは自分の腹の中に、重い石がひとつずつ積まれるような思いがする。彼女が周囲のモデル達のようにダイエットに励まなくとも、人に羨まれるようなスレンダーな体型を維持できているのは、恐らくこの重石のせいだ。

 

 今日だって、二人で摂る素敵なディナーとワインは、すべて彼女持ちだ。

 せめて、少しだけでも、彼がそのことを申し訳なさそうにしてくれたら・・・。

 カレンは時々、そう思う。

 

 デイビッドは骨付き肉をまずナイフで削ぐこともせず、いきなりかぶりついて、頬張りながら口を開いた。

 「どうしたっていつも、そうやって額にしわを寄せてるのさ?せっかくの美人が台無しだぜ?」

 カレンは大きくため息をついた。最近クリームを塗っても、かすかに肌に溝が刻まれたまま、伸びなくなっている。

 「あなたはそう言うけど、人生の時間は限られているの。私達はいつまでも、一緒に居られないのよ。」

 そう言うとデイビッドは、柄にもなく肩を落として、本当に悲しそうな顔をするのだった。その顔を見ると、カレンは居ても立っても居られない気持ちになる。

 

・・・

 私は一体、どう生きたいのだろう。

 夜、寝床にあおむけになって横たわる時、自然とカレンは自問自答する。

 

 ずっとカレンはデイビッドに、生きる目的を見つけて欲しかった。

 生きることの喜びは、肉体の欲求を満たすことだけではないと。

 建設的な人生、建設的な未来。

 二人で築いていく、小さくても美しく輝く神殿。 

 

 ところがどうだろう、彼はカレンのささやかな希望には見向きもせず、日々の暮らしにただ満足している。

 

 カレンがデイビッドと出会った頃、彼がカレンを笑わせようと、おどけて見せるしぐさがカレンは大好きだった。二人が恋に落ちるのは、あっという間だった。

 ステージを渡る鳥のようなめまぐるしい日々に、彼は日常を感じさせてくれた。あたたかく大きな腕に包まれると、宇宙に浮かべられたゆりかごを思い出しそうな、深い安堵感の中で眠りにつけた。

 

 今、カレンはただ、悲しみの中にいた。

 

 自身の容色は、確実に衰えつつある。

仕事は減るだろうか。他に稼ぐ手段を考えなければ。

 ただのピエロにしか映らなくなった恋人は、一体いつまで私の隣にいるだろう。

 

 この男が存在しない世界で、私はどんな人生を生きるだろう? 

 

 何度目になるかわからない自問自答は、静かに思考の海を沈んでいった。